草木図譜 ワビスケ


↑ワビスケ‘コチョウワビスケ(胡蝶侘助)’ 上写真2点
江戸期に「侘助」と呼ばれていたのはこの‘コチョウワビスケ’。生長した木では、正常な葯を持った大きい花も付けるようになる。極小輪・一重・猪口咲き。開花は3〜4月。子房にわずかな毛があるものと(ほとんど)ないものがあるようだ(→参考文献)。実際、上の写真の株の花では子房に毛を確認できなかった(下の写真の株の花では子房の毛を確認できた)
Camellia wabisuke 'Kochowabisuke'
ワビスケの定義
A.ウラクツバキ(‘タロウカジャ’=‘ウラク’)から生まれたものであること(ウラクツバキの子、あるいは子孫)
B.葯(やく・雄しべの先端の花粉を作る器官)が退化して花粉を作らないこと
上記のABを満たすものがワビスケと呼ばれる。

なおツバキ(Camellia japonica、ヤブツバキにも同様に葯が退化したものがあるが、それらは侘芯(わびしん)ツバキと呼ばれ、ウラクツバキから生まれたワビスケとは区別されている。また‘クロワビスケ(黒侘助)’=‘エイラク(永楽)’のようにワビスケでも侘芯ツバキでもないのに「侘助」と呼ばれるものもある。

またウラクツバキの血を引くと推測されることから‘セイオウボ(西王母)’をワビスケに含める人もいるが、‘セイオウボ’の葯は正常で花粉を生じる。従って‘セイオウボ’はワビスケとは言えない。

「花が開ききらないのがワビスケ」などという人がいるが、これは正確ではなく、その特徴ではワビスケを明確に見分けることはできない。ワビスケの花は猪口(ちょく)咲きやラッパ咲きのものが多く、確かにユキツバキの原種のように平開咲きになることはないが、このページに掲載した写真程度には開くからだ。またワビスケではないツバキ(Camellia japonica、ヤブツバキ)の品種にも猪口咲きやラッパ咲きなど、「開ききらない」(?)花形のものは多い。


ワビスケの特徴
1.ワビスケの花は一般に小さく(極小輪〜中輪)、一重・猪口咲きのものが多い(ラッパ咲きなどもある)。
2.雄しべが花粉を生じないのは「定義」に書いた通りだが、同時に雌しべも不稔かあるいはきわめて結実しにくい。
3.やや早咲きになる傾向がある。
4.子房に毛があるものがある(ないものもある)。

5.花にやや強い香りを持つものがある。
6.花色が紫を帯びた桃色になるものが多い。

「侘助」という名の由来(複数の説を紹介する)
●「侘数奇(わびすき)」が転じたとする説
●文禄・慶長の役の際、侘助という人物が朝鮮半島から持ち帰ったからという説(『広辞苑』などはこの説を採用している)
●薄田泣菫が随筆『侘助椿』の中で以下のように書いている。
「この椿が侘助といふ名で呼ばれるやうになつたのについては、一草亭氏の言ふところが最も当を得てゐる。利休と同じ時代に泉州堺に笠原七郎兵衛、法名吸松斎宗全といふ茶人があつて、後に還俗侘助といつたが、この茶人がひどくこの花を愛玩したところから、いつとなく侘助といふ名で呼ばれるやうになつたといふのだ」
●その他、「千利休の下働きをしていた侘助という人物に由来する」などの俗説もある。
↑ウラクツバキ(有楽椿)。普通は‘タロウカジャ(太郎冠者)’、または‘ウラク(有楽)’、と呼ばれる。一重・中輪・筒咲き〜ラッパ咲き。12〜4月咲き。花には香りがある。葯は不完全で花粉を作らない。かなり結実しづらいが、まれに出来た種子からワビスケが生じることがあり、すべてのワビスケはこのウラクツバキから生じたと考えられている。なお、かつて「ワビスケはツバキとチャとの交配種」という説が唱えられたこともあったが、この説は現在では支持されていない。ツバキとチャの交配種は実際にいくつか作られているがいずれもワビスケとは似ていないし、またツバキとチャの交配種の葉はカフェインやテアニンを含むがワビスケの葉からはそれらが検出されないからだ。「有楽」の名は有楽斎如庵(うらくさいじょあん=織田長益/織田信長の弟で武士・茶人)にちなみ、京都・高台寺塔中月真院には有楽斎如庵遺愛と伝えられるウラクツバキがある。ほかに鳥取県八頭郡・大樹寺、宮崎県西都市尾八重地区などに樹齢400〜500年のウラクツバキの古木があるが、これらは遺伝的に同一、つまりひとつの株から挿し木や接ぎ木で増やされたクローンであることが明らかになっている(→参考文献)。ウラクツバキにはCamellia uraku Kitam.という学名が付けられ、ワビスケとは別種ともされることもあるが、当サイトでは同じページに掲載した
↑左・ウラクツバキと右・ツバキ(Camellia japonica、ヤブツバキ)の園芸品種の雌しべ。見やすいように、萼苞(がくほう)は取り除いてある。子房*(雌しべの付け根にあるふくらんだ部分。後に果実となる)に注目すると、ウラクツバキの場合は白色の毛に被われているのが分かる(右のツバキの子房は無毛)。このような違いがあるのでウラクツバキはツバキ(Camellia japonica、ヤブツバキ)とは別種の植物とされ、あるいは中国産の別種の植物とツバキとの交雑種とも考えられている。自生のウラクツバキそのものは日本はもちろん中国でも見付かっていない(古い時代に日本から中国に渡ったと考えられる株は存在するという)ことから、ウラクツバキは少なくとも原種ではないと考えられる。
現在では、ウラクツバキはピタールツバキサルウィンツバキなど(いずれも中国産で子房に毛があるツバキ属の植物)とツバキとの交配種と考えられている。ピタールツバキ説が有力で、母系遺伝する葉緑体DNAの解析結果はウラクツバキの母系祖先はピタールツバキ(Camellia pitardii var. pitardii)であることを示しているという(→参考文献)。ピタールツバキとツバキとの交雑によってウラクツバキが生まれ、そのウラクツバキの子や子孫としてワビスケが誕生したのであろう。子房の毛は子や子孫にも受け継がれることがあり、ウラクツバキ以外のワビスケも子房に毛があることが多い
↑ウラクツバキの果実。果実(=結実後の子房)にも当然毛がある(ヤブツバキの果実には毛がない)。ウラクツバキの結実はまれで、その種子からはワビスケが生まれることがある(正常な葯を持ったワビスケではない個体が生まれることも多いようだ)
↑ワビスケ‘オトヒメ(乙姫)’
‘ミカワスキヤ(三河数奇屋)’の花に白斑が入ったもの。一重・猪口咲き・極小輪・12〜3月咲き

Camellia wabisuke 'Otohime'
↑ワビスケ‘キビ’(吉備)
岡山県で野生のツバキの枝変わりとして出現したものだというが、葯が退化して子房に毛が密生し、ウラクツバキの血を引くワビスケの一種と推測されている(母系遺伝する葉緑体DNAの解析結果もウラクツバキの血を引くことを示しているという)。花には特筆すべき香りはない。極小輪〜小輪・一重・猪口咲き、11〜3月咲き
Camellia wabisuke(?) 'Kibi'
↑ワビスケ‘サガミワビスケ(相模侘助)’
極小〜小輪・一重・猪口咲き。11〜3月咲き。ウラクツバキの自然実生と推測されているワビスケ。花に香りがあり、子房に毛がある

Camellia wabisuke 'Sagamiwabisuke'
↑ワビスケ‘シロワビスケ(白侘助)’ 上写真2点
開花は11〜3月。極小輪〜小輪・一重・猪口咲き。花にはウラクツバキと似た香りがあり、子房に毛がある。シロワビスケは花弁に紅色の絞りが混ざることがあり、また枝代わりとして濃いピンク花の‘ヒナワビスケ(雛侘助)’や淡いピンクの‘ヘイセイワビスケ(平成侘助)’が生まれている

Camellia wabisuke 'Shirowabisuke'
↑ワビスケ‘スキヤ(数奇屋)’
古い時代に「数奇屋」と呼ばれていたワビスケは、現在の‘ハツカリ’。現在の‘数奇屋’はいわば二代目の‘スキヤ’だという。一重・猪口咲き・極小輪〜小輪、12〜3月咲き。子房に毛はない
Camellia wabisuke 'Sukiya'
↑ワビスケ‘ソウアンワビスケ(草庵侘助)’ 上写真2点(1枚目の写真は、挿し木後わずか1年で開花した花)
桐野秋豊先生(日本ツバキ協会名誉会長)がウラクツバキの種子(自然交配したもの)をまいて作り出したワビスケ。一重・猪口咲き・極小輪〜小輪。12〜4月咲き。子房には毛が密生する。ウラクツバキから生まれたことがはっきりしているワビスケはほかにもいくつかあり、ウラクツバキからワビスケが生まれることは実証されている

Camellia wabisuke 'Soanwabisuke'
↑ワビスケ‘ソウシンワビスケ(湊晨侘助)’
一重・猪口咲き・極小〜小輪。12〜3月咲き。平井湊晨氏作出。‘シモウサワビスケ(下総侘助)’の自然実生で、花粉親は‘タマノウラ’と推測される。花に強い香りはなく、子房の上部に少数の毛がある
Camellia wabisuke 'Soshinwabisuke'
↑ワビスケ‘ハツカリ(初雁)’
 =‘ショウワワビスケ(昭和侘助)’、‘セッチュウカ(雪中花)’

花にはウラクツバキと似た香りがあり、子房に毛がある。一重・ラッパ咲き・小輪〜中輪。淡い桃色の地にそれよりやや濃い桃色が差す(線状、ぼかし状)。11〜3月咲き。江戸期には「数奇屋」の名で呼ばれていたワビスケ
Camellia wabisuke 'Hatsukari'
↑ワビスケ‘ヒメワビスケ(姫侘助)’
淡い桃色の地に濃い桃色の絞りが入るワビスケ。一重・平開咲き・極小輪〜小輪。12〜3月咲き。子房に毛がある
Camellia wabisuke 'Himewabisuke'
参考文献
●北村四郎. 「京都のツバキの古い園藝品種」. 植物分類・地理. 00016799. 日本植物分類学会. 19520710. 14. 4. 115-117
●宮島郁夫. 尾崎行生. 猪立山三鈴. 池松良平. 大久保敬. 五井正憲. 「日本各地に現存するツバキ'有楽'古木の遺伝的同一性」. 園芸学会雑誌. 00137626. 園芸学会. 20010515. 70. 3. 366-371
●谷川 奈津, 小野崎 隆, 中山 真義, 柴田 道夫. 「葉緑体 DNA の多型によって示される‘太郎冠者’とワビスケツバキ品種の母系祖先」. J. Japan. Soc. Hort. Sci. 79(1): 77-83.2010.
鋭意制作中

ワビスケ(侘助) ワビスケツバキ(侘助椿)
*参照→ツバキ →ツバキ属の交配種 ツバキ属の植物の相違点
学 名 
Camellia wabisuke Kitam.
分 類 ツバキ科ツバキ属
原 産 不明 *ウラクツバキ(有楽椿)=タロウカジャ(太郎冠者)の実生から生じたと考えられる。ウラクツバキはツバキ(Camellia japonica)と中国原産のツバキ属の植物との交雑によって誕生したとも言われる
タイプ 常緑樹
栽 培 水はけのよい土に植え、日当たり〜半日陰で栽培する。日当りの場合は葉焼けを防ぎ、葉を美しく保つためにやや遮光することもある。剪定は開花後、3〜4月(大きく切り詰める場合は2月〜3月上旬が最適)。6月ごろに花芽ができるので、それ以降の剪定は樹形を整える程度にとどめる。植え替えは梅雨時が最適で失敗が少ないが、3〜4月、9〜10月(寒冷地では8〜9月)も可能。鉢植えの用土は、赤玉土・鹿沼土・日向土・桐生砂のうちの数種を混ぜたものを用いる(アルカリ性の土壌を嫌う)。6〜8月に挿し木で殖やす(全体をポリ袋などで覆う「密閉挿し」なら、冬季でも可能。この場合、6月ごろに少しずつ外気に慣らしながらポリ袋を取り除く)。3〜8月の取り木も可
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